史跡訪問の日々

幕末維新に関わった有名無名の人生を追って、全国各地の史跡を訪ね歩いています。

2009-05-01から1ヶ月間の記事一覧

「岩倉使節団という冒険」 泉三郎著 文春新書

「堂々たる日本人」(祥伝社黄金文庫)に続いて、泉三郎氏の岩倉使節団に関する著作を読んだ。「堂々たる日本人」と比べると、使節団が訪問した国々における描写にページを割き、著者の主張は最低限に抑えられている。とはいえ、著者は八年にわたって岩倉使…

「明治忠臣蔵」 中村彰彦著 角川文庫

有名な元禄の赤穂浪士の討ち入りに比較すると、金沢で起きたこの仇討はあまり世間に知られていない。単に江戸と金沢というロケーションの差だけが理由ではないだろう。 忠臣蔵ほど日本人に愛された物語はない。忠臣蔵とて、見方を変えれば、集団で襲撃して寄…

「堂々たる日本人 -知られざる岩倉使節団-」 泉三郎著 祥伝社黄金文庫

明治四年(1871)の岩倉使節団は、国家のグランドデザインを描くために、岩倉具視、大久保利通、木戸孝允、伊藤博文ら、当時一流のリーダーが約二年に渡って欧米諸国を歴訪した国家的事業である。 岩倉使節団については、最初の訪問先であるアメリカにお…

厚木

(山中藩陣屋跡史跡公園) 山中城址 神奈川県の北相模地域は、幕末の史跡に関しては「無風地帯」である。しかし、日本全国が沸騰していたあの時代、しかも江戸に近いこの地が、無風のままでいられるはずがない。静かで平穏な農村地帯であった荻野山中藩の陣…

「横井小楠」 徳永洋著 新潮新書

横井小楠は、藤田東湖、佐久間象山と並ぶ幕末を代表する思想家である。坂本龍馬、勝海舟、松平春嶽、西郷隆盛など、横井小楠の思想に影響を受けた顔ぶれを見れば、小楠の存在の大きさを理解するには十分であろう。坂本龍馬の船中八策や新政府鋼領八策も、由…

金沢 野田山

(野田山墓地) 北陸旅行の三日目は、許しを得て自由行動となった。電車マニアの息子は一人で氷見線に乗るといい、嫁さんと娘たちは世界遺産である五箇山の合掌造りの集落に行くという。私は迷いなく金沢の史跡巡りに向かうことにした。 金沢の街の散策には…

金沢 寺町

(妙立寺) “忍者寺”として知られる妙立寺は、実際には忍者と何の関係もないが、建物内に色々なからくりがあるため、このように呼ばれている。妙立寺は、幕末史とはあまり関わりはない。子供たちが妙立寺を拝観している間に、近くの寺町を散策してみた。因み…

金沢

(金沢城公園) 今年のGWは、家族で北陸地方に旅行に行くことになった。発端は、電車マニアの息子が北陸フリー切符を使って寝台特急に乗りたいと言い出したことである。息子によると、北陸フリー切符には、新幹線を含む北陸までの特急料金、寝台料金も含ま…

岩瀬浜

(北前回船問屋 森家) 北前回船問屋 森家 富山駅からライトレールという2両編成のかわいい鉄道に乗り換え、二十分ほどで終点の岩瀬浜駅である。岩瀬の街は、旧北国街道に面しており、北前航路が最盛期に建てられた回船問屋が建ち並んでいる。北前航路は、…

富山

(富山城) 富山城 富山城の歴史は、十六世紀まで遡る。その後、織田信長の家臣、佐々成政も入城したが、その後、加賀藩の二代藩主前田利長が隠居所として入城した。しかし慶長十四年(1609)に焼失したため、本格的に城が再建され、城下町が整備された…

栃木

(出流山 満願寺) 出流山 満願寺 出流山満願寺は、慶応三年(1867)十一月末に江戸薩摩藩邸を出た浪人が倒幕のために挙兵した出流山事件の舞台となった場所である。 栃木市内から出流山まで約十五キロメートル。単調な道のりであったが、田舎なのに大き…

壬生 安塚

(安塚) 戊辰戦役の碑 戊辰戦役の碑は、安塚の戦いで戦死した旧幕軍兵士三十四名の霊を弔うために明治十三年(1880)に建てられたものである。 安塚 戊辰戦争戦死者の墓 安塚の交差点に当地で戦死した土佐藩士の墓が残されている。 慶応四年(1868…

宇都宮

(宇都宮城址公園) このたび十余年振りに自家用車を買い替えることになった。車輌がうちに届いて、最初の外出先に宇都宮を選んだ。 これまで乗っていたのは八人乗りのワンボックスカーである。それなりに良く走るし、何よりも十年分の想い出もあるので、な…