2021-06-01から1ヶ月間の記事一覧
本書は大河ドラマに便乗したものではなく、今から二十年以上も前の平成十年(1998)に上梓され、今なお版を重ねている新書である。篤二(とくじ)や敬三、あるいはその周辺の人物はよく調べられており、しかも非常に面白い。 渋沢栄一の伝記は、本人が残…
(歌田) 山梨市歌田の日川(ひかわ)駐在所の隣に明治天皇日川御小休所阯碑がある。さらにその裏手には大きな駐輦碑がある。 明治天皇日川御小休所阯 駐輦碑 駐輦碑は昭和四年(1929)の建立。題額は貴族院議長徳川家達。
(韮崎小学校) 明治十三年(1880)六月二十二日、明治天皇は巡幸西上の際、韮崎を通過し、この地(当時は韮崎学校)で昼餐をとった。そのことを記念して校庭の片隅に記念碑が建立されている。 この日は週末ということもあって、学校の正門は施錠されて…
(台ケ原) 甲州街道台ケ原宿 台ケ原宿は、甲州街道の設定以前から交通集落として機能を果たしていたといわれる。元和四年(1618)に甲州街道に宿請が申しわたされ、台ケ原宿も宿場として整備・拡充されていった。甲州街道中四十番目の宿場である。 「七…
(原ノ茶屋) 天気予報では久しぶりに好天ということだったので、朝五時に八王子を出て、長野県富士見町から南下して山梨県下の明治天皇の聖蹟を訪ねることにした。基本的にこの日の明治天皇聖蹟碑は、いずれも明治十三年(1880)の巡幸に関係するもので…
(大龍寺) 大龍寺 田端の大龍寺は、俳人正岡子規や陶芸家板谷波山らの墓があることで知られる。私の目当ては、大川平三郎の墓である(北区田端4‐18‐4)。 子規居士之墓(正岡子規の墓) 正岡子規は、伊予松山の出身。母方の叔父加藤拓川を頼って上京し…
(鎌倉大仏殿高徳院) 鎌倉大仏 実はこれまで江ノ島にも行ったことがなければ、江ノ電に乗ったこともないし、鎌倉大仏も見たことがなかった。奈良の大仏はもちろん、東京大仏、鎌ヶ谷大仏、岐阜大仏などは訪問済みなのだが、どういうわけだか鎌倉大仏だけは…
(江島神社) 江ノ島 江ノ島は藤沢市南部の相模湾岸の境川河口にある島である。境川の運ぶ土砂によってできた片瀬海岸との陸繋島で、島の形が「江」の字に似ていることから江ノ島と呼ばれるようになった。関東ローム層に覆われ、南岸には関東大震災の際に隆…
(横沼) 坂戸市の横沼は、大川平三郎の生誕地である。平三郎の生誕地である大川道場跡は、平成十九年(2007)、大川平三郎翁記念公園として整備されている。 大川平三郎翁生誕の地 (大川平三郎翁記念公園) 大川平三郎翁記念公園(坂戸市横沼333‐1…
(泉福寺墓地) 再度、東海村の黒澤家墓地を訪問した。 黒澤亀太郎君墓 墓誌には名前が見えないが、向かって左奥の古い墓石「黒澤亀太郎君墓」は、覚蔵の長男亀太郎のもの。天狗党の争乱において、元治元年(1864)九月九日、久慈郡島村にて戦死。 故 利…
(明治天皇岩間野立所) 明治天皇岩間御野立所 明治二十三年(1890)の明治天皇行幸の際、野立所となった場所である。住所は笠間市下郷922‐122。 (宍戸駅) 「明徳」 駐蹕記碑 JR水戸線宍戸駅前のロータリーに駐蹕記碑が建てられている(笠間市…
(真家) 明治天皇御遺蹟 常磐線を東京から水戸方面に北上していると、石岡駅を過ぎてしばらくすると、右手の林の中に明治天皇遺蹟碑が見える。 明治二十三年(1890)十月、岩間村の室野原(むろのがはら)(現・笠間市)・園部村の成井原(なるいがはら)…