2019-02-01から1ヶ月間の記事一覧
著者は、外務省出身で駐ウズベキスタン大使や駐イラン大使、国際情報局長などを歴任した方で、外務省や外交に関する著作も多い。本書はアーネスト・サトウや英国の視点から幕末史を見直したものである。決して素人の描く歴史本ではなく、一つひとつ正確に歴…
台東区立中央図書館にて企画展「幕末・明治の漢詩人 大沼枕山」が開催されている(平成三十年十二月二十一日~平成三十一年三月十七日)。これに合わせて、二月二日、トーク・イベントが開かれると知ったので、早速申し込んだ。応募多数の場合は抽選になると…
十年前に文庫化された「彰義隊遺聞」が、同じ新潮文庫から再刊されることになった。再刊当日、早速手に入れたが、帰宅して本棚を見たら同じ本が既に並んでいた。しかし、十年前に読んだ記憶が全くないので、ためらうことなく読み始めた。 彰義隊が結成された…
(養託寺) 養託寺 小田原駅西口を出て数百メートル北へ行くと、寺院の密集する寺町がある。住所表記は「城山」である。 竹様の「戊辰掃苔録」によれば養託寺には石川廉治(小田原藩士 慶応四年(1868)五月二十六日、箱根湯本にて戦死)の墓があるはず…
土肥実平夫婦像 JR湯河原駅を降りると、鎧兜の勇ましい銅像が立っている。土肥実平(といさねひら)とその妻である。土肥氏は平氏の一族であるが、源頼朝の平氏討伐や東北征伐に参陣し、功があった。のちに備前・備中・備後三ヶ国の守護となった。戦国時代…
富士山 裾野は、文字とおり富士山の裾野に位置する街で、至る場所から富士山の美しい姿を眺めることができる。 (荘園寺) 裾野市御宿の荘園寺は、「江戸の訴訟」(高橋敏著 岩波文庫)の主役、湯山吟右衛門の菩提寺である。 千福が丘の研修所から荘園寺まで…
(大手町フィナンシャルシティ) 庄内藩酒井家神田橋上屋敷跡 現在、大手町フィナンシャルシティのある辺りに庄内藩上屋敷があった(大手町1‐9)。ビルの北側に平成元年(1989)、致道博物館東京友の会が建てた木柱が建てられている。 庄内藩士はここ…
(中家住宅) 平安時代、後白河法皇が熊野行幸の際に立ち寄ったという中家は、泉南地域指折りの旧家である。江戸時代に建てられた主屋、表門、唐門が残る。中でも主屋は、重厚な屋根に朱色の漆喰が印象的である。 中家住宅 幕末、この家から中瑞雲斎という激…
(関西大学千里山キャンパス) 関西大学 泊園書院址 日が暮れようとしていたが、関西大学千里山キャンパスまで行って以文館北側にある泊園書院碑を訪ねた。何とか日没に間にあった。 泊園書院は、江戸時代後期、藤澤東畡により大阪に開かれた漢学塾で、その…
(統国寺) 長涯間先生之墓 統国寺を再訪。墓地にある間長涯重富の墓を訪ねた。 間長涯は江戸中期の暦学者・天文学者である。宝暦六年(1756)、代々長堀で質屋を営む十一屋の六男として生まれた。名は重富、号は長涯、通称は五郎兵衛。麻田剛立から天文…
(河合寺) 河合寺 河内長野の河合寺に、天誅組に参加した長野一郎(吉井儀三)、東条昇之助、吉年米蔵の墓があるというので、河内長野を再訪した。事前に河合寺の墓地は、近くの河南東山墓地に集約されているという情報を得ていたので、河南東山墓地を徹底…
(東海寺大山墓地) 本虚院透雲紹徹居士(渋川春海の墓) 暦学者渋川春海(はるみ)は、幕府碁方安井算哲の子。それまで我が国では中国の宣明暦を使っていたが、春海は自ら計算して新しい暦(貞享暦)を作成した。我が国で初めて日本人の手によって作られた…
(宮城県庁) 現在、宮城県庁のある辺りに、藩校養賢堂があった。仙台藩が学校を開いたのは大変古く、五代藩主伊達吉村のとき元文元年(1736)学問所を開いたのが起源である。その後、七代藩主伊達重村が勾当台通(現在の宮城県庁)に移転させ、藩校養賢…
(聖徳記念絵画館) 聖徳記念絵画館 平成三十年(2018)十月六日から十一月十一日まで、明治百五十年行事の一つとして、聖徳記念絵画館にて「明治日本が見た世界」展を開催している。入場料は五百円(新宿区霞ヶ丘町1‐1)。 展示は、「Ⅰ 異国から見た…