史跡訪問の日々

幕末維新に関わった有名無名の人生を追って、全国各地の史跡を訪ね歩いています。

2018-09-01から1ヶ月間の記事一覧

「流罪の日本史」 渡邊大門著 ちくま新書

別に私は流罪マニアというわけではないが、これまで伊豆七島の新島、伊豆大島、三宅島、八丈島に加えて、隠岐や佐渡といった古くから流罪の地とされている島を訪ねてきた。先日訪ねた奈良県吉野町も後醍醐天皇が吉野行宮を開いた場所として知られるが、これ…

「公家たちの幕末維新」 刑部芳則著 中公新書

ペリー来航以降、明治に至る歴史は、志士を始めとする武家を中心に描かれてきた。公家というと、「屈従を強いられ」「歴史のうねりに翻弄された脇役」として扱われ、「公家は添え物」であって、「優柔不断で頼りなく弱弱しい印象」として描かれることが多い…

新深江

(新深江) 地下鉄新深江駅を降りて東に五~六百メートルほど進み、「焼肉スエヒロ」の角を北に折れる。真行寺という御寺の正門を通り過ぎて突き当たったところが、伊能忠敬測量隊が宿泊した庄屋五郎兵衛宅跡に当たる。 伊能忠敬測量隊一行宿泊地 伊能忠敬一…

天王寺 Ⅲ

(珊瑚寺) 地下鉄四天王寺前夕陽ヶ丘駅周辺は、寺院が密集する寺町である。その中の一つ、珊瑚寺には、国学者黒沢翁満(おきなまろ)の墓がある。 黒沢翁満の名は重礼、号は葎居。伊勢桑名藩の生まれ。本居宣長の門人となった。賀茂真淵に私淑して古学を学…

玉造 Ⅱ

(心眼寺) 心眼寺 心眼寺は、かつて真田丸があったといわれる台地の一角に位置している。境内には真田丸の主である真田信繁(幸村)の墓がある。 本堂の前には京都見廻組桂早之助、渡辺吉太郎の墓が置かれている。 真田左衛門佐豊臣信繁之墓 桂早之助墓(右…

谷町四丁目 Ⅱ

(大阪府庁内局) 大阪英語学校址 明治天皇聖蹟 この場所に明治七年(1874)十月、大阪英語学校が設置された。起源は、明治二年(1869)、大阪天満に開設された大阪府立洋学校に遡る。この学校では、単に語学だけでなく、外国語による一般教科目の授…

大阪城公園 Ⅲ

(大阪城つづき) 号砲 大阪城の入口に一つの青銅砲が置かれている。この青銅砲は、文久三年(1863)、幕府の命を受け、美作津山藩の鋳工百済清次郎らが製造し、大阪天保山砲台の備砲として据え付けられていたものである。明治三年(1870)以降、時…

天満橋 Ⅴ

(天満橋ニュースカイハイツ) 三橋楼 三橋楼は、淀川にかかる難波橋、天神橋、天満橋の難波三大橋を見下ろす景勝地にあった料理旅館で、幕末には高級料理屋として知られた。 明治八年(1875)一月八日には、この料亭で大久保利通と木戸孝允との間で十時…

梅田 Ⅱ

(太融寺) 今年(平成三十年(2018))の夏休みは、京都の実家を拠点に大阪、滋賀、福井、奈良そして京都市内の史跡を回る計画をたてた。初日は久しぶりに大阪である。真夏の太陽が容赦なく照りつけ、とても暑い日であった。ずっと帽子をかぶっていたが…

蔵前 Ⅳ

(鯉寺 龍寶寺) 龍寶寺 小見川藩主内田家の墓所を訪ねて、蔵前4‐36‐7の竜宝寺を訪ねた。この寺の近くには「川柳発祥の地」石碑があり、境内には、川柳の名前の由来となった柄井川柳の墓や石碑などが建てられている。墓地はさほど広くなく、十分もあれば…

青山霊園 補遺 Ⅷ

(青山霊園つづき) 肝付家累代之墓 肝付兼行閣下墓碑 肝付兼行は嘉永六年(1853)の生まれ。明治初年、北海道開拓使に出仕し、測定分野で頭角を現した。水路局に転じ、測量課副長、量地課長を務めた。この時、港区阿麻布台において海軍観象台の地点を測…

野毛山公園 Ⅱ

(野毛山公園) ヘンリー・スペンサー・パーマー像 野毛山公園内の配水池の近くにパーマーの胸像がある。この場所は、野毛山貯水場の跡であり、近代水道発祥の地として記録されている。 明治二十年(1887)十月、我が国最初の近代水道が横浜に誕生した。…

横須賀 Ⅶ

(三笠公園) AMIRAALI(東郷ビール) ウマイ! 三笠公園のお土産は、何といっても「東郷ビール」であろう。 日露戦争にいて「東洋の小国」が大国ロシアに大勝利を収めた快挙に勇気づけられたフィンランドが、ロシアの支配と圧政からの独立運動を起こし、1…

浦賀 Ⅶ

(常福寺) 常福寺は、浦賀に奉行所が開かれて以来、奉行所の本陣(御用寺院)の役割を果たし、奉行交替の儀式が行われた。墓地には、奉行所与力を務めた合原家や佐々倉家の墓碑などがある。 常福寺 慶應四年(1868)閏四月三日、浦賀奉行の土方勝敬は、…

香取 Ⅱ

(小見川中央小学校) 小見川中央小学校 現在、小見川(おみかわ)中央小学校が建つ場所には、享保九年(1724)以来、内田氏が小見川に入封して以降、陣屋が置かれていた。ただし、小見川陣屋に関する諸施設は、二代内田正衆の代の貞享五年(1688)…

銚子 Ⅳ

(銚子マリーナ) 銚子マリーナ たくさんのヨットやクルーザーを係留する銚子マリーナは、バーベキュー場や海水浴場を備えた複合的レジャー施設である。ちょうど海水浴のシーズンだったので、大混雑と大渋滞を覚悟していたが、ここは広大な駐車場を完備して…

銚子 Ⅳ

(銚子マリーナ) 銚子マリーナ たくさんのヨットやクルーザーを係留する銚子マリーナは、バーベキュー場や海水浴場を備えた複合的レジャー施設である。ちょうど海水浴のシーズンだったので、大混雑と大渋滞を覚悟していたが、ここは広大な駐車場を完備して…

横芝光 Ⅲ

(伊能忠敬 宿泊地観測地) 伊能忠敬 宿泊地観測地 梅雨も明け、三連休というのに何の予定もなかった。嫁さんと娘が出かけるというので、この機に銚子方面まで遠征することにした。八王子から横芝駅まで電車でたっぷり三時間を擁する。駅近くでレンタカーを…

上野 Ⅹ

(東京藝術大学) 高村光雲先生像 東京藝術大学美術館側の門を入ると、直ぐの場所に高村光雲の胸像が置かれている(台東区上野公園12‐8)。この日は、東京藝術大学美術館で開かれている「NHK大河ドラマ特別展『西郷どん』」を見るために上野まで往復し…

佐倉 Ⅴ

(麻賀多神社) 市川での野球の練習の後、久しぶりに佐倉の街を歩いてきた。蒸し暑い日で、野球道具を背負っての散策だったため、一時間ほどでギブアップしてしまった。 麻賀多神社 麻賀多(まかた)神社という社名は、今から千五十年以上も前の「延喜式」の…

立川 Ⅱ

(国文学研究資料館) 国文学研究資料館 立川駅からモノレールで北に一駅。高松から徒歩五分程度の場所に国文学研究資料館がある(立川市緑町10‐3)。 国文学研究資料館は、日本各地の日本文学とその関連資料を集積し、日本文学をはじめとする様々な分野…