(台ケ原)

甲州街道台ケ原宿
台ケ原宿は、甲州街道の設定以前から交通集落として機能を果たしていたといわれる。元和四年(1618)に甲州街道に宿請が申しわたされ、台ケ原宿も宿場として整備・拡充されていった。甲州街道中四十番目の宿場である。
「七賢」 山梨銘醸
台ケ原は今も宿場町の風情を伝えているが、その中心にあるのが、山梨銘醸とその向かいの和菓子屋「金精軒」である。山梨銘醸では、南アルプス駒ケ岳の伏流水を醸して「七賢」という銘酒を醸造している。一方、金精軒は信玄餅を製造・販売している老舗である。
山梨銘醸に隣接するふれあい休息所辺りが高札場跡や郷倉跡と推定されている。さらにその向かい側、金精軒のある辺りに問屋場があったとされている。

金精軒

秋葉大権現常夜石燈籠

台ケ原宿本陣屋敷跡
秋葉大権現常夜石燈籠のある屋敷が本陣跡である。台ケ原宿が火災や水害に見舞われたことに起因して、慶応三年(1867)、秋葉講が生まれた。秋葉講では、防火防災を祈願して秋葉大権現の石燈籠を旧本陣跡(小松家)に寄進建立した。

明治天皇菅原行在所
山梨銘醸の前に明治天皇菅原行在所の石碑が建てられている。明治十三年(1880)六月の巡幸の際に行在所となったことを記念したものである。
山梨銘醸は、もともと信州高遠で酒造業を営んでいた北原伊兵衛光義がこの地に分家をして、大中屋という屋号で酒造りを始めたことが起源となっている。以来営業は大いに発展し、幕末には諏訪高島藩、伊那高遠藩の御用商人を務め、台ケ原では脇本陣も兼ねていた。
北原家住宅は、旧街道に面して建つ大規模な町屋建築である。建築年代は天保年間から嘉永にかけてと推定されている。
(下教来石)

明治天皇御田植通覧之址
北杜市白州町下教来石(しもきょうらいし)は明治十三年(1880)の明治天皇の巡幸の際に休憩所となった場所である。明治天皇が田植えを天覧したという記念碑と湧水を飲んだという記念碑のほか、小休所の場所にも石碑があるはずだが、見落としてしまった。

御膳水跡